徳生 忠常(とくせい ただつね、1901年11月13日 - 1999年4月27日)は、日本の実業家、九和町議会議員。 1901年(明治34年)に愛媛県の九和村(後の玉川町。現:今治市)にて生誕した。父親には内緒で菊間町にある母親の実家から伊予教員養成所を受験、小学校の準教員(代用教員)となった。その後、正教員の資格をとるために松山師範学校に通ったが父親に知れ、志半ばで退学した。 1929年(昭和3年)に商売の誘いがあり上京し、月賦販売会社の丸共に入社。わずか3年後の1931年(昭和6年)には大井町支店を譲り受け独立を果たした。1938年(昭和13年)9月には支那事変で応召され、南支方面に出征し、翌年1939年(昭和14年)11月に召集解除となった。
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