小早川 博(こばやかわ ひろし、1892年〈明治25年〉5月21日 - 1980年〈昭和55年〉10月)は、愛知県額田郡本宿村(現・岡崎市上衣文町)出身の地方自治功労者。本宿村会議員、本宿村長、岡崎市議会議員、岡崎市議会議長。 1892年(明治25年)5月21日、愛知県額田郡本宿村上衣文森下35(現・岡崎市上衣文町森下)に生まれた。「知多郡内海町に生まれ、1911年(明治44年)に小早川家に養子に入った」とする文献もある。父の小早川九七も農業の傍らで本宿村会議員を務めた人物である。 1906年(明治39年)には東海高等小学校を卒業し、家業である農業に従事していた。江戸時代の本宿村は赤坂宿と藤川宿の間にある東海道の間の宿であり、松平家所縁の寺である法蔵寺は大名や旅人などの参拝者が絶えなかったとされるが、近代になると官設鉄道(現・JR東海道本線)の経路から外れたことで往来が減っていた。
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