小野 道風(おの の みちかぜ/とうふう)は、平安時代前期から中期にかけての貴族・能書家。参議・小野篁の孫で、大宰大弐・小野葛絃の三男。官位は正四位下・内蔵頭。 それまでの中国的な書風から脱皮して和様書道の基礎を築いた人物と評されている。後に、藤原佐理と藤原行成と合わせて「三跡」と称され、その書跡は野跡と呼ばれる。 小野葛紘が尾張国春部郡上条(愛知県春日井市松河戸町)に滞在中、里女を母に葛紘の三男として生まれたとされる。この説は史実としては確認できない伝承の類で、南北朝期の『麒麟抄』や江戸時代前期の天野信景らの考証によってこの説が広まった。 醍醐朝の延喜5年(905年)には弱冠12歳にして大嘗会の屏風の色紙形を書く。
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