伊勢ノ海 五太夫(いせのうみ ごだゆう、? - 安永3年7月9日(1774年8月15日))は、武蔵国(現在の埼玉県)出身の元大相撲力士。 現在の埼玉県加須市戸崎出身。 現役時代は初代春日山鹿右衛門の弟子、頭書は「仙台」。現役時代の事績は資料が少なく不明であるが、寛保3年(1734年)時点では東前頭11枚目、宝暦4年(1754年)時点では西前頭14枚目に在籍していることが確認できるという。 年寄となってからの伊勢ノ海が知られており、1755年に四股名をそのまま年寄名跡とし、以後、勧進元5回、差添(勧進元の補佐的地位)12回を務めていることから、江戸相撲会所(現在の日本相撲協会)内で興行的手腕のある中心的人物であったようである。
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