野国総管(のぐに そうかん、旧字体表記:野國總管)は、 サツマイモ栽培を始めた野国総管(個人)の家系は代々野国村の百姓であったと考えられる。詳しい人となりは不明であるが、彼も野国村の生まれとされる。この野国総管の姓名については長らく不明とされてきたが、総姓世系図等で分析された結果、いくらか明らかになっている。係る系図の一世の項には「大宗藩初野國總管号松岩室号永屋」とあり、2005年現在、13代目まで「与那覇(ヨナハ)」として継承されている総管の位牌に「總管野國松岩名乗裕初言名總世健」という記述があることからの推定で、本件の野国総管の姓名は、童名でもある沖縄名で「与那覇 松(ヨナハ マチュー)」、大和名で「与那覇 裕初(よなは ゆうしょ)」、中国名(唐名)で「總 世健」と呼ばれていたのではないかという説である。
出典:ウィキペディア「野國總管」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
