宮 操子 (みや みさこ、1907年 (明治40) 4月15日 - 2009年 (平成21) 5月7日) は、岩手県出身のダンサー。本名ミサオ。 江口隆哉と共にドイツ留学し、ドイツ表現主義舞踊「ノイエタンツ」創始者として知られるマリー・ヴィグマン (1886-1973) に師事、帰国後モダン・ダンスの先駆者として活躍した。 1907年岩手県黒沢尻 (現在の北上市) に生まれる。10歳前後の頃に、鉱山採掘の仕事をやめた両親と姉と共に東京に移住。高等女学校に進学し、ピアノやヴァイオリンのレッスンに通い、演劇の勉強もした。関東大震災後の新しい時代風潮の中で、乗馬や射撃にも挑戦し、夢中になって打ち込めるものを探していた。
出典:ウィキペディア「宮操子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
