白梅 文治郎(しらうめ ぶんじろう、1884年10月25日 - 1936年1月31日)は、群馬県山田郡(現在の桐生市)出身で峰崎部屋(入門時は白玉部屋)に所属した大相撲力士。最高位は西張出前頭18枚目。現役時代の体格は身長164cm、体重86kg。得意手は右四つ、投げ。 7代白玉(最高位:幕下二段目、現役名:淀川)の弟子となり、初め小枩谷の四股名で取り進んだ。序二段の1903年1月場所で白梅と改名。1907年5月場所で新十両となったが、病気がちで幕下に陥落した場所もあったものの、1912年1月場所で5勝2敗1分2休の成績を挙げると、翌5月場所に入幕して幕尻格(前頭18枚目格)の張出前頭となるが、2勝8敗と大負けして1場所限りで十両陥落。
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