林 幸平(はやし こうへい、1880年(明治13年)4月 - 1934年(昭和9年)10月26日)は、明治時代から昭和時代前期の実業家。三越の取締役を務めた。 群馬県桐生市で林伊太郎の次男として生まれる。12歳で、当時の越後屋呉服店(後の三越)に入社。室内装飾研究のため、イギリスやアメリカに留学した。帰国後、三越加工部主任兼営業部長として和洋折衷の室内装飾を手がけた。またパリの日本大使館の室内装飾なども手がけている。経理部長、参事を経て常務となり、二幸商会の監査役を兼任した。享年55歳。戒名は清徳院誉彰顕達道居士。墓所は多磨霊園13区1種5側。
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