田阪 一郎(たさか いちろう、1929年(昭和4年 - )は、日本の反射望遠鏡の反射鏡製作者。 和歌山県新宮市出身。家業はみかん農家。 日本を代表するアマチュア火星観測者であるとともに、日本を代表する反射鏡製作者であり、これまで研磨した反射鏡は約350枚あり、国内外の天文台や天文アマチュアの望遠鏡に使用されている。 1971年に53cm反射鏡を研磨し、フォーク型赤道儀を自作した。1976年には主鏡を口径73cmに載せ替え、昭和58年より自身が営む民宿「アストロハウスタサカ」の望遠鏡として、天体観測のため訪れた宿泊客や、高校の天文クラブ、地元の天文同好会などに広く公開していた。これは当時の自作機としては、日本最大であった。
出典:ウィキペディア「田阪一郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
