有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
栃

栃東知頼

とちあずま ともより
Wiki ↗

栃東 知頼(とちあずま ともより、1944年9月3日 - )は、福島県相馬郡日立木村(現在の相馬市)出身(出生地は茨城県筑波郡)で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は志賀 駿男(しが はやお)。最高位は東関脇(1970年3月場所)。現役時代の体格は178cm、115kg。得意手は左四つ、上手出し投げ、右四つ、寄り。 引退後は年寄・玉ノ井(13代)を襲名し、春日野部屋付きを経て玉ノ井部屋を創設した。次男・太祐は四股名栃東を譲り受けて大関まで昇進。現役引退後は年寄・栃東を襲名して父の下で部屋付き親方となった後、部屋を継承した。なお、日本相撲協会を定年退職した後は、玉ノ井部屋の師範代となった。 中学時代から野球部で活動し、原町工業高校進学後も野球部に在籍していたが、相撲部の顧問を兼任していた野球部の顧問に相撲の大会に助っ人として出場するように言われ、その大会で優勝すると、1960年秋に春日野部屋からスカウトされて高校を中退し入門する。

出典:ウィキペディア「栃東知頼」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋