荒岩 亀之助(あらいわ かめのすけ、1871年4月18日(明治4年2月29日) - 1920年(大正9年)9月3日)は、鳥取県(現西伯郡大山町)出身の大相撲力士。本名は山崎 徳三郎(やまざき とくさぶろう)。最高位は大関。陣幕部屋(大坂)、尾車部屋(東京)に所属した。 1871年4月18日(旧暦2月29日)に木こりの二男として生まれる。子供の頃から家業を手伝っていたので自然に足腰や腕力が鍛え上げられ、相撲も好きだったので土地相撲で強豪力士として活躍した。そんな徳三郎少年を見出した大坂相撲の関係者からスカウトされ、1891年に陣幕部屋(大坂相撲)へ入門、「真竜」の四股名で初土俵を踏んだ。しかし、ある時に銭湯で兄弟子の背中を流していたところ、「流し方が悪い」と殴られたことに立腹し、すぐに大坂相撲を脱退すると同時に上京、大戸平廣吉が親方として経営する尾車部屋(東京相撲)へ入門、1894年1月場所において三段目付出で東京相撲での初土俵を踏んだ。
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