大米龍雲連続殺人事件(おおよねりゅううんれんぞくさつじんじけん)とは、大正時代に発生した連続強姦強盗殺人事件である。被害者の多くが尼僧であったことから、報道では「殺尼魔」などと呼ばれた。 「警視庁史」によれば、犯人は1872年に東京・浅草の質屋に生まれたが、両親と幼少の時に死に別れ、7歳の時に大分県の寺院に預けられ、そこの住職の大米龍元の元で修行し「龍雲」の法名を授かったが、1890年に住職が死去し寺を出て熊本県の柔道道場に内弟子として入門し、柔道三段を取得。1894年に勃発した日清戦争では軍夫に志願したが、地雷による負傷で鼻柱を失い醜い容貌となった。その後静岡県島田町で寺を構えたが、やがて出奔し各地を放浪したという。
出典:ウィキペディア「大米龍雲」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
