久保田 宵二(くぼた しょうじ、1899年〈明治32年〉6月2日 - 1947年〈昭和22年〉12月26日)は昭和期の作詞家。別名・ペンネームとして、水久保弘・砂原鹿郎が確認されている。 岡山県川上郡富家村大字布瀬出身。 幼名(本名)は嘉雄。寺の長男として生まれた。岡山県師範学校卒業。幾つかの教員養成課程で研鑽し、若くして主席訓導(教頭職相当)まで進んだ。小学校教諭をしながら地元の青年たちの詩作の指導に当たり、「岡山青年」の詩部門の選者を務めた。 大正の終わり頃、中央詩壇の野口雨情などの勧めもあり、上京。その後、1931年(昭和6年)にコロムビアレコード入社する。始めは童謡を作詞し、新民謡運動にも力を注いでいたが、流行歌作家に転身。
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