酒井 了恒(さかい のりつね)は、出羽庄内藩家老酒井了明の長男。幼名虎之進。元服して吉弥。慶應3年に家督をついでから父祖代々の通称である玄蕃。吉之丞を襲名した。諱は了恒。字(あざな)は伯通である。戊辰戦争において庄内藩二番大隊・大隊長。明治維新後、大泉県参事。 戊辰戦争において庄内藩二番大隊を指揮し、秋田方面の戦いで連戦連勝の活躍を遂げ、新政府軍から「鬼玄蕃」と呼ばれ恐れられた名将として知られている。 弟には、庄内柿の生みの親として有名な酒井調良と、書家の黒崎研堂がいる。 戊辰戦争において東北諸藩は奥羽越列藩同盟を結んで新政府軍と戦ったが、庄内藩は会津藩、仙台藩、米沢藩とともにその中心となる藩の一つであった(ただし奥羽列藩同盟は会津藩と庄内藩の支援を目的としていたため、会・庄2藩は加盟していない)。
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