野林 格蔵(のばやし かくぞう)は、明治時代に現在の南丹市日吉町にいたキリスト教徒(キリシタン)。ハンセン病や信仰を忌み嫌われて迫害され、盲目で、一人山小屋で暮らしていた。旧約聖書『ヨブ記』の迫害と病魔に耐えて生きたヨブの物語にちなみ、信徒たちは蔵を「丹波ヨブ」と呼ぶようになった。格蔵の生涯は、小説などで描かれている。 1853年(嘉永6年)、野林格蔵は胡麻村(現在の南丹市日吉町)で父・亀蔵と母・すみの間に生まれた。野林家は、田7反9畝、畑2反1畝で、綿打業も営む比較的豊かな農家であった。格蔵は読み書きが多少でき、両親の生業によく仕えていた。格蔵は頑固者で大酒飲みのため人から嫌われていた。 1879年(明治12年、26歳)ごろ、格蔵にハンセン病の微候が現れる。
出典:ウィキペディア「野林格蔵」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
