二代目 喜多村 緑郎(にだいめ きたむら ろくろう、1969年〈昭和44年〉1月6日 - )は、日本・新潟県新潟市出身の俳優。本名は神田 和幸(かんだ かずゆき)。新派所属で屋号は緑屋。定紋は石持ち地抜き笹竜胆。二代目 市川 月乃助として歌舞伎の舞台にも立った。歌舞伎役者時代の屋号は澤瀉屋。定紋は大関澤瀉。立役。 実妹を病気で亡くして人生に絶望しかけた時に母親の勧めで国立劇場第九期歌舞伎俳優を受講する。寿司屋でアルバイトをしながら歌舞伎研修に勤しむ毎日であったという。 1988年4月に本名の神田和幸を名乗り、歌舞伎座にて『仮名手本忠臣蔵』三段目の本蔵家来ほかで初舞台。同年7月に澤瀉屋の四代目市川段四郎に入門し、10月から市川段治郎を名乗る。
出典:ウィキペディア「喜多村緑郎 (2代目)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
