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内

内藤岩雄

ないとう いわお
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内藤 岩雄(ないとう いわお、1874年(明治7年) - 1944年(昭和19年))は、鳥取県日野郡の教育者で郷土史家。1901年(明治34年)から1925年(大正14年)まで、途中2年間を除き、山上尋常高等小学校の校長の職にあり、「山上学園」と称される全村教育の基礎を作った 。 校長在職中から郷土の宣揚に努め、職を辞した後は『日野郡史』の編纂委員として編集及び刊行を成し遂げたほか、神職として船通山(鳥髪の峯)での宣揚祭を挙行し、祭主を務めた。和歌や絵画に秀で、特に得意であったのが馬の絵で、皇紀2600年を記念して2600匹の馬と富士山を描いた『奔馬二千六百之図』は圧巻である。 内藤の独創的な教育方針は、山上学園の校風として浸透し、県内外から注目を集めた。

出典:ウィキペディア「内藤岩雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋

🎂 1874年生📍 鳥取県日南町出身💼 鳥取県日野郡の教育者で郷土史家