朝光 亀太郎(あさひかり かめたろう、1900年3月14日 - 1937年12月1日)は、現在の大阪府東大阪市出身で朝日山部屋、出羽海部屋、再度朝日山部屋に所属した力士。本名は塚本 亀太郎。身長167cm、体重98kg。最高位は西前頭6枚目。 大阪相撲の朝日山部屋に入門、1919年5月に初土俵を踏む。朝潮を名乗り1923年5月に入幕を果たしたが、その場所前に起きた紛擾事件(龍神事件)で場所は中止、彼も一時廃業して東京に移った。東京では出羽海部屋に身を寄せ、1924年1月十両格付出で東京の土俵に上ったが、さすがに東京では朝潮の名は名乗れず朝千鳥と名乗った。すると、すぐに大阪への復帰が認められ、1924年1月の大阪相撲に、朝潮の名で幕内格で復帰した。
出典:ウィキペディア「朝光亀太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
