野網 和三郎(のあみ わさぶろう、1908年〈明治41年〉3月11日 - 1969年〈昭和44年〉10月2日)は、日本の水産家。香川県引田町(現在の東かがわ市)出身。愛称は、「ワーサン」。日本で初めてブリ(ハマチ)の養殖(畜養)に成功したことで知られる。 野網和三郎は1908年3月11日に香川県大川郡引田の「まるさ」と呼ばれる網元の三男として生まれる。小学校に入学すると、祖父を亡くし、翌年には叔父をコレラで亡くしている。そのため、叔父の息子を野網家で預かることになり、和三郎は母の実家に二年間ほど預けられた。 その後、親に頼み込み島根県の水産学校に進み、後に三重県の志摩水産学校に転校して卒業した。
出典:ウィキペディア「野網和三郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
