井上 羽城(いのうえ うじょう、1871年3月29日〈明治4年2月9日〉 - 1947年〈昭和22年〉9月30日)は、福井県出身の歌人、新聞記者。本名は井上 一(いのうえ はじめ)。号は羽城のほか、経足、風露郎、紅蓮などを用いた。 1871年(明治4年)2月9日、福井県福井市に井上一庵・起怒の長男として生まれる。家業であった医者を継ぐために金沢高等医学専門学校に入学したが、文学への道を志望し、1892年(明治25年)春に上京し、落合直文の門下に入る。大八洲学校に入学し、落合直文と久米幹文から国文を学ぶ。在学中に金子元臣や品田太吉を助け、雑誌『歌学』や『分海』の編集に当たる。1893年(明治26年)、浅香社の創立に加わる。
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