堀江 賢治(ほりえ けんじ、1970年8月8日 - )は、広島県府中市出身の元プロ野球選手(内野手)、プロ野球監督。一時期、登録名を堀江 晃嗣としていた。 広陵高から、1988年のプロ野球ドラフト会議で横浜大洋ホエールズから4位指名を受け入団。高校の2学年先輩に金本知憲がいた。進学希望であったが、広島を率いた古葉竹識が監督で入団を決意。 巧打の内野手として、プロ3年目の1991年には一軍初出場を果たす。しかし、翌1992年以降は石井琢朗や進藤達哉らとの競争により徐々に出番が減少。 1994年に水尾嘉孝・渡部高史と共に飯塚富司・伊藤敦規との3対2トレードでオリックス・ブルーウェーブへ移籍。二軍では首位打者を獲得したが一軍ではほぼ出番がなく、僅か1年で高嶋徹と共に大島公一、久保充広との2対2のトレードで近鉄バファローズへ移籍。
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