小田嶋 十黄(おだじま じゅっこう、1887年 - 1978年2月5日)は、東京市本郷区出身の日本の男性俳人、俳画家、洋画家。本名は小田嶋 義(おだじま よし)。別号に得魚洞。元社団法人現代俳画協会顧問。元パイロット万年筆顧問。 小学校卒業後、12歳で高尾山薬王院に入って僧となり、同寺の僧で俳誌「俳諧草紙」の主要俳人であった南南浪の勧めにより渡辺水巴に師事し俳句を学んだ。のち還俗し、洋画家を経て、俳句・俳画に専心するに至る。とりわけ俳画に独自の境地を拓いたことで知られ、現代俳画協会顧問、俳誌「南柯」顧問を務めるなど、斯界の発展に貢献した。著書に『俳画入門』『俳画への道』、句集に『ほそ道』などがある。
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