河上 君榮(かわかみ きみえ、1907年1月30日 - 没年不詳)は、日本の女優である。新漢字表記河上 君栄。本名川上 高江(かわかみ たかえ)、旧芸名光村 貴美子(みつむら きみこ、光村 きみ子とも)、河上 君江、河上 君枝と表記されることもある。 1907年(明治40年)1月30日、愛媛県松山市に生まれる。 同市内にある旧制・松山市裁縫女学校を卒業するとともに京都に移り、満17歳となった1924年(大正13年)7月、日活大将軍撮影所に置かれた関根達発の研究所の研究生として入社する。「光村 貴美子」の名で脇役出演を始め、満18歳になった1925年(大正14年)11月12日に公開された『愛国の血刃』(監督高橋寿康)に出演して、認められるようになり、1926年(大正15年)4月1日に公開された『実録忠臣蔵 天の巻 地の巻 人の巻』(監督池田富保)では大野群右衛門の妻に抜擢されたが、端役が続き、同年9月には同社を退社、同年10月1日、関根達発の紹介により牧野省三のマキノ・プロダクションに移籍、「河上 君榮」と改名し、関根主演の『勝てば官軍』(監督富沢進郎)で相手役に抜擢されて再デビューを果たした。
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