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加瀬谷東嶺

かせや とうれい
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加瀬谷東嶺(かせや とうれい、1789年-1837年1月28日(天保7年12月22日))は、出羽国(現在の秋田県)の江戸時代後期の円山・四条派の日本画家。本名は加瀬谷正右衛門。東嶺は雅号。 秋田藩領・出羽国雄勝郡狙半内村(後の秋田県平鹿郡増田町、現在の横手市)の親郷肝煎・10代加瀬谷正右衛門の長男として生まれた東嶺は、幼名は正七といった。幼いころから絵に興味があり、家も裕福で父親の理解もあって、若年のころ秋田藩の絵師・渡辺洞昌について絵を学んだ。その後、帰郷して父親の跡を襲い11代加瀬谷正右衛門を名乗る。1825年、飢饉に悩まされて寒村であった狙半内村を活性化しようと、村を通る仙北街道の手倉越えの道を拡張することを郡役所に願い出た。

出典:ウィキペディア「加瀬谷東嶺」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋