曾我廼家 五九郎(そがのや ごくろう、1876年4月12日 - 1940年7月7日)は、日本の喜劇俳優。本名は武智 故平(たけち こへい)。大正時代に浅草の「喜劇王」として知られた。 武智鉄二の父とは従兄弟どうし。またフランキー堺は五九郎の甥にあたる。 1876年(明治9年)4月12日、徳島県麻植郡鴨島町に武智亀之助と母ミヤの長男として生まれる。祖父は武智友弥。弟に民次がいる。 徳島中学校卒業後、自由民権運動に感化され数え年16歳のときに東京に行き、板垣退助邸の玄関番となる。その折り星亨邸の玄関番をしていた横田千之助と懇意になる。 その後壮士として弾圧を受け、大阪の中江兆民の許に身を寄せる。その頃、道頓堀の浪花座で公演をしていた角籐定憲一座に入り「雪中梅」で初舞台を踏む。
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