有坂 秀世(ありさか ひでよ、1908年(明治41年)9月5日 - 1952年(昭和27年)3月13日)は、日本の言語学者、日本語学者。日本語の音韻史や音韻論に関して業績を遺した。上代特殊仮名遣に関する有坂の法則で知られる。 大学卒業後、矢継ぎ早に論文を出し、当時の学界の第一線に立った。しかし、その活躍は卒業後のわずか10年間のみであり、その10年もほとんどの時間を病院・診療所で過ごしている。33歳以降は論文の数は激減し、闘病の末43歳で没した。橋本進吉から、東京帝大の国語学主任教授の後任と白羽の矢を立てられながら、辞退したのも病身の故であった。 有坂が昭和5年12月に東京帝国大学へ提出した卒業論文は、言語学科主任教授の藤岡勝二教授ひとりが目にしたと思われ、現存はしないようである。
出典:ウィキペディア「有坂秀世」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
