赤城 さかえ(あかぎ さかえ、1908年〈明治41年〉6月3日 - 1967年〈昭和42年〉5月16日)は、俳人、俳論家。本名・藤村 昌(ふじむら さかえ)。 国文学者・藤村作の次男として広島県広島市に生まれる。二歳の時に父、作の東京帝国大学赴任に伴い上京、千駄ヶ谷尋常高等小学校(のちの渋谷区立渋谷小学校)、東京府立第五中学校(現・東京都立小石川中等教育学校)、旧制山形高校を経て東京帝国大学文学部中退。東大在学中に日本共産党(非常時共産党)に入党、山本健吉や亀井勝一郎、原民喜らと地下活動に入るも熱海事件に巻き込まれて知多半島に逃亡。のち転向し、1937年召集。1938年には昭和鉱業に勤務するが、1940年結核を発病して逗子湘南サナトリウムに入院。
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