田中 彰治(たなか しょうじ、1903年6月18日 - 1975年11月28日)は日本の政治家。衆議院議員(自由民主党・7期)。政界の爆弾男として鳴らし、時の政権でさえ無視できないほどの影響力を誇ったが、黒い霧事件で失脚した。 新潟県新井市(現妙高市)出身。電報配達員から上京して岩倉鉄道学校で学び、鉄道省に入り機関士となるが辞して樺太で農業を営む。1929年5月に傷害罪による罰金刑を受け、1930年12月には横領、恐喝、有価証券偽造・同行使、詐欺罪で懲役2年の実刑判決を受けて服役した。1943年には別の詐欺罪で懲役2年6ヶ月の刑が確定したものの逃走し、1948年5月に刑の時効を迎えて刑を執行免除されている。
出典:ウィキペディア「田中彰治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
