近藤 紘子(こんどう こうこ、1944年11月20日 - )は、1945年の広島原爆の、著名な被爆者の1人である。父はキリスト教牧師の谷本清。 紘子は、1944年11月20日、広島流川教会牧師の谷本清とチサの夫妻の間に、長女として広島県で生まれた。牧師の娘であったため、幼少期から、傷ついた女性や子供に接する機会が多かったという。 1945年8月6日、広島市に原子爆弾が投下され、まだ生後8ヶ月の幼かった紘子は、母親のチサと共に被爆した。原爆当時、爆心地からわずか1.1kmの地点にある自宅に住んでいた。紘子自身は奇跡的に助かったものの、原爆の惨禍で顔にやけどを負った乙女たちと接する中、彼女は原爆を投下した米軍への激しい憎悪を募らせていった。
出典:ウィキペディア「近藤紘子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
