永山 邦夫(ながやま くにお、1970年9月16日 - )は、神奈川県出身の元プロサッカー選手。サッカー指導者。横浜マリノス/横浜F・マリノスで主に右サイドバック、右ウイングバックとしてプレーした。 マリノス前身の日産時代から15年間(ユースを含め18年間)を1クラブのみ在籍した「ワン・クラブ・マン」である。愛称の「オニク」はサッカーを始めた神大寺幼稚園以来のもの。 小・中学校の時期に所属したかながわクラブでは1年先輩に天才と言われ、後に16歳でプロデビューする菊原志郎(読売/ヴェルディ川崎→浦和レッズ)がおり、憧れであるとともに目標にしていたという。日産ユースではユース日本代表に選出され、第26回アジアユース(1988年)に出場した。
出典:ウィキペディア「永山邦夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
