有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
有

有吉義弥

ありよし よしや
Wiki ↗

有吉 義弥(ありよし よしや、1901年(明治34年)11月4日 - 1984年(昭和59年)9月7日)は、昭和期の日本の実業家。日本郵船の元代表。 父・忠一は内務官僚で元貴族院議員。初代中国大使の有吉明と元尼崎市長の有吉実は叔父。三菱重工業横浜造船所所長及び同社常務を歴任した有吉煕は次男。忠一の長女は政治家の山崎巌に、三女は元建設事務次官の柴田達夫に、四女は元日本電信電話公社総裁の米沢滋に、五女は川上嘉市の次男で東宝アドセンター社長を務めた川上流二に嫁いでいるため、山崎・柴田・米沢・流二はいずれも義弥の義弟にあたる。川上嘉市の後妻(旧姓・中島)は天文学者・寺尾寿の後妻(旧姓・大野)の姪にあたるため、有吉家は川上家・中島家・大野家を通じて寺尾家とも姻戚関係で結ばれているといえる。

出典:ウィキペディア「有吉義弥」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋