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小林 忠生(こばやし ただお、旧姓:早川、1930年7月7日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。父親は日本海軍中将の早川幹夫、実兄の早川純生もサッカー選手で、東京大学、日本鋼管で活躍した。 神奈川県立湘南中学校時代の1948年に第3回国民体育大会で準優勝。卒業後は慶應義塾大学経済学部に進学しソッカー部に所属。在学中の1953年には鈴木徳衛と共に日本学生選抜に選出され、1953年国際大学スポーツ週間(英語版)(ユニバーシアードの前身)に出場した。1954年3月に大学を卒業。卒業後は東京海上火災保険に入社した(勤務先でサッカー部活動を行ったかは不明)。 卒業後も慶應BRB(現役、OBで構成された混成チーム)の一員として1954年、1956年の全日本サッカー選手権大会優勝に貢献。

出典:ウィキペディア「小林忠生」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋