廣津 里香(ひろつ りか、本名:廣津 啓子 1938年(昭和13年)2月14日 - 1967年(昭和42年)12月12日)は、日本の画家、詩人。 昭和19年上原小学校に入学、20年6月、空襲が激しくなり山形県稲川村に母、弟と共に疎開。稲川小学校2年生。母方の祖父宅が空襲にあい、罹災のため疎開。山形県松峯に移転の際ひきとられる。松峯小学校2年生。20年10月、渋谷区の自宅に戻り上原小学校へ戻る。21年4月横浜市鶴見区にある父の弟宅へ転居。鶴見小学校3年生。同年ほとんど同時期に父方、母方の祖父が相次いで死去。23年の2学期から父方の故郷福岡県久留米市に帰る。鳥飼小学校5年生。24年4月、父が敗戦後流体工学に変わり、東京都世田谷区の武蔵工大教授として、大学内に移住。
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