安田 敏雄(やすだ としお、1909年(明治42年)8月20日 - 1977年(昭和52年)9月27日)は、昭和期の労働運動家、政治家。参議院議員(1期)。 山梨県南都留郡谷村町下谷(現都留市)で生まれる。1927年(昭和2年)都留中学校(現山梨県立都留高等学校)を卒業した。 谷村町町営電気部(のち東京電燈に合併)に入所。戦後、労働運動に加わり、関東配電労働組合大月分会委員長、南都留労協委員長、東京電力労働組合山梨県支部常任執行委員などを務めた。また社会運動研究会「黎人荘」を設立して主幹に就任。 政界では、社会大衆党に入党。1947年(昭和22年)山梨県議会議員に選出され2期在任し、同副議長を務めた。
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