今井 梧楼(いまい ごろう、1892年(明治25年)2月11日 - 1944年(昭和19年)12月29日)は、大正から昭和時代前期の政治家。長野県岡谷市長。 長野県諏訪郡平野村(現・岡谷市)の今井千尋の長男として生まれる。今井家は中山道塩尻峠口の本陣を務めた名家。1910年(明治43年)3月、諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)卒業。 平野村役場勤務を経て、1923年(大正12年)同村助役に就任。1927年(昭和2年)9月より長野県会議員に3期連続で当選する。参事会員などを経て、1934年(昭和9年)平野村長に就任し、諏訪郡町村長会会長を兼任した。翌年の1935年(昭和10年)、諏訪郡農会長に就任し、ついで1936年(昭和11年)5月5日に市制施行とともに岡谷市長に就任した。
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