大橋 昭好(おおはし あきよし、旧姓:菅藤、1962年12月11日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手、指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー。 藤枝東高校2年時に高校選手権に出場し、初戦敗退。 卒業後の1981年に日本サッカーリーグのヤマハ発動機(後のジュビロ磐田)に加入。2年目の1982年シーズンに出場機会を得ると、JSL2部優勝に貢献。天皇杯では決勝のフジタ工業戦を無失点に抑えてチームの初優勝に貢献した。 翌1983年、大学NO.1キーパーと称され、後に日本代表となる森下申一が加入すると、出場機会を失うようになった。「シュートに対する反応の早さ」が持ち味の森下に対して、1対1の強さに定評があったが、ヤマハではJSL1部通算12試合出場に留まった。
出典:ウィキペディア「大橋昭好」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
