田辺 学(たなべ まなぶ、1965年3月8日 - )は、静岡県駿東郡小山町出身の元プロ野球選手(投手)。 小学4年の時にリトルリーグに入る。中学時代は3年間補欠だった。裾野高校では2年生からエースになるが夏の県予選は2年連続で1回戦で敗退した。 卒業後は社会人野球の東京ガスに入部。 1984年の東京スポニチ大会準優勝に貢献して敢闘賞。熊谷組などの補強選手として都市対抗野球大会に5回出場。 1985年アジア野球選手権大会日本代表に選出される。 1987年のベーブルース杯では優勝を飾った。制球に難はあるが、威力ある速球を武器に活躍した。チームでは善波達也、石井章夫ともバッテリーを組んだ。 1987年のドラフト会議で横浜大洋ホエールズに6位指名されたが、都市対抗野球出場を目指すためチームに残留し1年遅れで入団。
出典:ウィキペディア「田辺学」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
