福井 道二(ふくい みちじ、1901年(明治34年)5月22日 - 1991年(平成3年)4月4日)は、昭和期の実業家。南満州鉄道株式会社の社員(参事)。 愛知県渥美郡高松村(現在の田原市)において、父作蔵と母とも(旧姓:中藪)の十三人兄弟姉妹の四男として生をうける。作蔵は福井作蔵商店を興し明治42年(1909年)、渥美半島の片浜(太平洋岸)十三里(約50km)の地引き網100ヵ統への資材の供給する網元であった。 高松尋常高等小学校を卒業し、田原にあった成章中学校(旧藩校:成章館)に進んだ。その後、両親は親戚が東京神田で鉄鋼の商いをしているので一橋商大(東京商科大学、現:一橋大学)を勧め、兄からは名古屋高等工業学校(現:名古屋工業大学)の紡織科を勧められている。
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