村上 忠則(むらかみ ただのり、1949年8月4日 - )は、兵庫県出身のアマチュア野球選手(捕手)・指導者。後に横浜ベイスターズチーム運営統括(ゼネラルマネージャー)を務めた。 兵庫県立津名高等学校から静岡県富士市の大昭和製紙に入社。控え捕手として1970年の都市対抗において優勝を経験し、大会後に北海道白老町の大昭和製紙北海道に転部する。 1974年の都市対抗では正捕手として柳俊之(電電北海道から補強)、千藤和久(北海道拓殖銀行から補強)らとバッテリーを組む。決勝に進み、エース萩野友康を擁する新日本製鐵八幡を延長10回の末に降し初優勝。高梨英夫、我喜屋優らがチームメートであった。翌1975年の都市対抗でも加藤英美とバッテリーを組み決勝に進むが、電電関東の丹利男に完封を喫し準優勝にとどまる。
出典:ウィキペディア「村上忠則」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
