北野 幹子(きたの みきこ、1951年 - )は、1970年代に活動した大阪府出身の女性漫才師。旧姓:松田。 元夫はタレント・漫才師・映画監督のビートたけし(北野武)。子供は長男の北野篤と、長女の北野井子。また、弟はレーシングドライバーの松田秀士。 実家は大阪の寺で、母方の祖父が高知県の社会運動家小原教応。武庫川女子大学附属高等学校を経て、武庫川女子大学短期大学部卒業。在学中にピンアップトリオのピンアップ敦子の門下に入る。司ミキの名で司ミワと組んで、ミキ&ミワの女子大生コンビとして1971年に漫才師デビュー。すぐ渚ミキに改名させられる。その後、前田五郎に一時師事した後、東京に移り内海桂子・内海好江の門下となり、内海ミキと名乗り内海ミチ(野々深知)と組むも2年で解散。
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