高橋 広(たかはし ひろし、1955年2月4日 - )は、日本の元アマチュア野球選手、野球指導者である。 1955年2月4日、愛媛県新居浜市出身。中学校から本格的に野球を始め、愛媛県立西条高等学校時代は、主将を務め、捕手としてプレーした。高校3年の夏は、北四国大会予選県代表決定戦に進出したが、1年生エース西本聖擁する松山商業に1-5で敗れ、甲子園の夢がついえた。 早稲田大学野球部でも捕手として入学した。 早稲田大学では同期に吉沢俊幸、松本哲(匡史)、八木茂がいた。高橋が在学していた当時の早稲田大学野球部の捕手陣には1学年下に山倉和博(南海ドラフト1位を蹴って入学)、高校時代に江川卓とバッテリ―を組んだ作新学院の小倉偉民(現 亀岡偉民)、熊本二高から広島ドラフト5位を蹴って入学した野村豊(試合に出場経験がない)、2学年下には首位打者にもなった金森栄治(PL学園、プリンスホテル―西武―阪神)などがおり、高橋はこの捕手陣の層の厚さの前に「俺は力不足」と思ったという。
出典:ウィキペディア「高橋広 (野球)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
