平井 弥之助(ひらい やのすけ、1902年(明治35年)5月16日 - 1986年(昭和61年)2月21日)は日本の電力土木技術者、電力事業経営者。昭和時代の電力開発に卓越した見識と強い使命感をもって貢献したと伝承されている。また女川原子力発電所等の建設にあたっては貞観地震、慶長三陸地震による大津波を考慮した適切な技術的助言を与えた。平井彌之助とも書く。 主な経歴は『土木史研究』第18号による。 平井は次に示す伝承のように、技術者としての合理性と電気事業者としての責任感に基づいて地震・津波対策の重要性を説いた。地震・津波の恐ろしさを実感していたと云われ、「貞観大津波(869年)は岩沼の千貫神社まで来た」と語っていたという。
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