増元 るみ子(ますもと るみこ、1953年(昭和28年)11月1日 - )は、北朝鮮による拉致被害者(日本政府認定の拉致被害者)である。1978年(昭和53年)8月12日夜、交際相手の市川修一とともに鹿児島県日置郡吹上町(現、日置市)の吹上浜で拉致された。当時24歳であった。 鹿児島県鹿児島市池之上町出身。父増元正一は営林署勤めで、屋久島のスギを搬送する仕事に就いていた。四人兄弟(二男二女)の3番目で次女。「家族会」(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)の事務局長だった増元照明は末弟でるみ子の2歳年下である。中学・高校時代は卓球部に所属してサウスポーの選手として活躍し、照明も中学では同じ部に入った。
出典:ウィキペディア「増元るみ子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
