関田 寛雄(せきた ひろお、1928年 - 2022年)は、日本の宗教家、青山学院大学名誉教授。 1928年に北九州市で生まれ、幼少期に大阪府吹田市に転居する。父は牧師で母とは7歳で死別する。 吹田市に住んでいた幼い頃に洗礼を受ける。小学生の時には同級生から、アメリカのスパイや、キリスト教徒をやめるように罵声を浴びせられ、暴行を受ける。日中戦争が始まりアメリカとの緊張も高まっていた時期に日本でキリスト教徒でいることは危ないと感じる。 中学生になると軍事教練に積極的に励む。お国のために死ぬことが良いことと話して教師に褒められ、戦場に向かう先輩の姿を見て同級生に後に続こうと呼びかけ、そして周りから尊敬されていく自分を誇らしく思っていた。
出典:ウィキペディア「関田寛雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
