スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
若松 尚輝(わかまつ なおき、2000年5月10日 - )は… 若松 尚輝(わかまつ なおき、2000年5月10日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 少年野球のころは捕手。札幌市立中央中学校時代は札幌東ベースボールクラブに所属し、ジャイアンツカップにも出場した。札幌第一高等学校時代は外野手だった。札幌第一高校は2017年の第89回選抜高等学校野球大会に出場したが、若松はベンチ入りメンバー外の「ボールボーイ」だった。その後レギュラーとなる。札幌学院大学進学後も野手のままだったが、3年生秋にたまたま投手がいなかった機会に1イニングだけ登板したところ、監督の意向で投手に転向した。この背景には3日で7試合という過密スケジュールで練習試合が組まれた事情があった。
大友 潤(おおとも じゅん、1996年8月8日 - )は、北… 大友 潤(おおとも じゅん、1996年8月8日 - )は、北海道上川郡上川町生まれ、札幌市出身の社会人野球選手(外野手)。 北海道上川郡上川町で生まれ育ち、小学校に上がる頃に札幌市へ引っ越す。小学時代はサッカーや柔道をしていたが、札幌市立柏中学校の軟式野球部で本格的に野球に取り組むようになる。中学時代に札幌市大会優勝などを果たすも、大友自身は特に目立った選手ではなかった。 スポーツ推薦ではなく一般受験で札幌第一高等学校に進む。硬式野球部に所属するも3年間で一度もベンチ入りできず、挫折を経験した。 一浪後に高崎経済大学に進学。浪人中は野球を続けるつもりはなかったが、当時、関甲新学生野球連盟三部リーグ所属の同大学野球部で野球を再開。
渡部 龍一(わたなべ りゅういち、1985年10月2日 - … 渡部 龍一(わたなべ りゅういち、1985年10月2日 - )は、北海道白老郡白老町出身の元プロ野球選手・社会人野球選手(捕手)。右投右打。現在は北海道日本ハムファイターズのブルペン捕手。 父は元社会人野球選手・監督で、バルセロナオリンピック銅メダリストの渡部勝美。 1998年、小学校卒業までは白老町で過ごし、中学は札幌市の札幌市立月寒中学校に通う。 札幌第一高時代は、2002年の2年時の夏に第84回全国高等学校野球選手権大会に正捕手として出場し、1回戦で同大会の準優勝校である智辯和歌山高に延長10回の末に4-5で敗れた。 2003年のプロ野球ドラフト会議で、2004年からの本拠地北海道移転が決定していた日本ハムに7巡目で指名され、入団した。
高梨 利洋(たかなし としひろ、1974年1月9日 - )は… 高梨 利洋(たかなし としひろ、1974年1月9日 - )は、北海道白老郡白老町出身の元プロ野球選手(内野手)。 小学2年の時に野球を始め、中学時代は2年連続で北海道大会を優勝した。 札幌第一高時代、3年次の夏には4番・エースとして南北海道大会で準優勝。 1991年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから5位指名を受け入団。 長く二軍生活が続いたが、プロ4年目の1995年に一軍初出場を果たし初安打を本塁打で記録する。1996年は一軍選手に故障が相次いだこともあり39試合に出場し、わずか1試合ではあるが4番も任された。 1999年オフに戦力外通告を受け退団し、地元である札幌市に本拠地を置く社会人野球のサンワード貿易に入団。
高梨 芳昌(たかなし よしあき、1970年8月11日 - )… 高梨 芳昌(たかなし よしあき、1970年8月11日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(内野手)、プロ野球スカウト(読売ジャイアンツOBスカウト)、野球指導者。 父は大昭和製紙北海道の選手・監督や札幌第一高等学校野球部監督等を務めた高梨英夫。弟はヤクルトスワローズでイースタン・リーグのシーズン最多安打記録を樹立した高梨利洋。我喜屋優(興南高監督)は父の社会人時代の同僚。 白老町立萩野中学校の野球部ではエースで四番だった。 札幌第一高等学校では3年夏に南北海道大会ベスト4となり、1988年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから6位指名を受け入団。 同期入団の佐川潔らはプロ1年目の1989年にMLBの1A・バイセイリア・オークスに野球留学したが、高梨は国内にとどまった。