スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
野上 士耀(のがみ しきら、2007年5月23日 - )は、… 野上 士耀(のがみ しきら、2007年5月23日 - )は、愛知県春日井市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 小学6年時には中日ドラゴンズジュニアに選ばれた。また、本塁打も放った。 中学時代は名港ボーイズに所属しており、二塁送球が1.9秒台を記録することが大半を占める「スーパー中学生」として注目を集める。複数の強豪校から誘いがあった中で、「金沢成奉監督のもとで野球を通じて人間性を勉強したい」という気持ちで、明秀学園日立高等学校への進学を決めた。 明秀学園日立高等学校では、入学当初は打力の高さを生かすべく外野手や三塁手、一塁手として起用されることが多かった。2年秋より捕手出場も始まり、3年になると送球も安定するようになった。
能戸 輝夢(のと きらむ、2007年5月15日 - ) は、… 能戸 輝夢(のと きらむ、2007年5月15日 - ) は、北海道河東郡音更町出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 小学校低学年から野球を始め、小・中で野球部に所属。 中学3年の頃、通っていた学校に明秀日立高野球部の金沢成奉監督が訪れ、「一緒に甲子園へ行こう」と言われたことをきっかけに同校への進学を決めた。 明秀日立高校では投手と野手の二刀流で活躍。俊足巧打が魅力で、持ち前のバットコントロールで広角に長打を放つことができるシュアなバッティングで注目された。2年生の冬に左足首の靭帯を断裂するも、主将としてチームを甲子園に導いた。 2025年ドラフト4位指名で中日ドラゴンズに入団。
陽 柏翔(よう ぼうしゃん、ウェード式:Yang Po-hs… 陽 柏翔(よう ぼうしゃん、ウェード式:Yang Po-hsiang(ヤン・ボーシャン)、2005年1月23日 - )は、台湾台東市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 台湾原住民族のアミ族の生まれ。2022年春に来日し、明秀学園日立高等学校に転入した。当初は2021年に来日予定であったが、新型コロナウイルスの流行により1年遅れることとなった。チームにはムードメーカーや、中軸として貢献した。 2023年のNPBドラフト会議では指名漏れするも、同年に行われたベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)のドラフト会議で、茨城アストロプラネッツから特別合格枠で指名された。
髙橋 隆慶(たかはし たかのり、2001年12月21日 - … 髙橋 隆慶(たかはし たかのり、2001年12月21日 - )は、茨城県古河市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学3年生の時に野球を始める。古河市立総和北中学校では軟式野球部に所属していた。 明秀学園日立高等学校では甲子園出場なし。 中央大学では2年春から公式戦に出場。通算70試合の出場で、打率.267、4本塁打を記録するも、確実性に欠く場面が目立った。4年時にはプロ志望届を提出するも、指名漏れする。1学年上に森下翔太、3学年上に牧秀悟がいる。 JR東日本では、確実性をあげることや、目的意識をもって練習することを重点的に置いた結果、公式戦打率が.350を上回った。
増田 陸(ますだ りく、2000年6月17日 - )は、大阪… 増田 陸(ますだ りく、2000年6月17日 - )は、大阪府大阪市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 小学校から軟式野球を始め、中学校では大阪福島リトルシニアに所属。シニアでの同期に野村大樹、濱将乃介らがいた。 明秀学園日立高校では1年秋から遊撃手のレギュラーに定着し、2年夏に主将となる。3年春には選抜大会に出場し、3回戦で敗退。3年夏は県大会で敗退した。高校通算34本塁打。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、読売ジャイアンツから2位指名を受け、11月12日に契約金6000万円、年俸650万円で契約した(金額は推定)。背番号は61。担当スカウトは吉武真太郎。
細川 成也(ほそかわ せいや、1998年8月4日 - )は、… 細川 成也(ほそかわ せいや、1998年8月4日 - )は、神奈川県厚木市生まれ、茨城県北茨城市出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 NPBにおける現役ドラフト移籍経験者として初のベストナイン受賞、侍ジャパントップチーム選出、現役ドラフトでの移籍選手初となる年俸1億円プレーヤー。 神奈川県厚木市で出生後、茨城県北茨城市へ転居し、市立明徳小学校・磯原中学校を卒業した。小学3年生の時に中田翔に憧れ、「北茨城リトル」で野球を始める。 中学時代は北茨城市に隣接する福島県いわき市の「いわきリトルシニア」で外野手をしていたが、3年生の時に陸上部顧問の勧めでやり投に挑戦。わずか3か月の練習でジュニアオリンピックのジャベリックスロー(小中学生向けのやり投げ)種目へ出場したところ77.42 mの投擲で中学生記録を達成するとともに2位へ入った。
大原 慎司(おおはら しんじ、1985年6月30日 - )は… 大原 慎司(おおはら しんじ、1985年6月30日 - )は、茨城県日立市出身の元プロ野球選手(投手)、コーチ。左投左打。 小学校4年時に日立南リトルリーグへ入団した後に、日立市立泉丘中学校で軟式野球部に所属。明秀日立高校への進学を機に、投手へ本格的に転向すると、1年時の夏からエースの座を確保した。ただし、在学中には春夏ともに、阪神甲子園球場での全国大会へ出場できなかった。 常磐大学への進学後は、1年春からベンチ入りを果たした。在学中には、関甲新学生野球のリーグ戦で、通算11勝14敗を記録。通算の奪三振率は8.40で、最終シーズンであった4年時の秋季リーグ戦では、防御率0.64という好成績を残した。