スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
近藤 明広(こんどう あきひろ、男性、1985年4月3日 -… 近藤 明広(こんどう あきひろ、男性、1985年4月3日 - )は、日本のプロボクサー。埼玉県加須市出身。第55代日本ライト級王者。元WBOアジア太平洋ライト級王者。第42代OPBF東洋太平洋スーパーライト級王者。WBOアジア太平洋王座戦として日本初開催となった試合で戴冠した選手。一力ボクシングジム所属。 小学生の時から地元の少年野球団に所属し、中学生時代も部活動とリトルシニアリーグで野球を続けるが、中学3年生の時にプロボクサーの畑山隆則の世界戦を見てプロボクサーに憧れて地元の埼玉池田ジム(現・18鴻巣ジム)でボクシングを始める。 2001年4月、白鷗大学足利高校に進学する。 2003年、夏の全国大会、長崎インターハイ、ライト級で準優勝。
諏訪 尚(すわ たかし、1971年8月7日 - )は、日本の… 諏訪 尚(すわ たかし、1971年8月7日 - )は、日本の元プロボクサー。栃木県小山市出身。 足利学園高等学校3年時の1989年12月3日にプロデビューし、西村基之に1R1分39秒KO勝ちを収めた。このあと4連続1ラウンドKOを記録した。翌1990年2月11日には、東京ドームでの世界ヘビー級タイトルマッチ(マイク・タイソン 対 ジェームス・ダグラス戦)の前座にも出場し、ここでも1RKO勝ちを収めている。その後も1RKOを重ねていたが引退。
飯泉 健二(いいずみ けんじ、1967年1月27日 - )は… 飯泉 健二(いいずみ けんじ、1967年1月27日 - )は、日本の元プロボクサー。埼玉県春日部市出身。日本人初のIBFアジアライト級王者。 足利学園高等学校1年で中退し1984年4月15日、デビュー戦で蛯原誠二に初回50秒KO勝ちを収めた。 1989年3月13日、文成煥(韓国)に6R26秒KO勝ちするも網膜剥離と診断され獨協医科大学越谷病院にて手術を受け成功するも引退を勧告される(この後、9年間リングから遠ざかる)。IBF参戦表明後に有沢ジムから出禁を通告され、金平正紀の理解を得て協栄ジムでビジター練習。 1998年1月16日、大阪府立体育会館でのIBF日本の興行で復帰。スラヤ・ケラン(インドネシア)に2回50秒TKO勝ちしIBFアジアライト級王座を獲得。