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桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12… 桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12日 - )は、日本の小説家、詩人、国文学者。 群馬県沼田市生まれ。兄は彫刻家の桑原巨守。群馬県立沼田高等学校を経て、早稲田大学第一文学部国文科を卒業。同大学院日本文学修士課程修了。1967年、『雨舌』で文學界新人賞を受賞。同年、『死の翼の下に』で第58回芥川賞候補となる。作家・野間宏に私淑し、表現主義的手法の作風で幻視・幻想の世界を描いたことに特色がある。その後は帝京大学教授を務めた。
おの ちゅうこう(1908年〈明治41年〉2月2日 - 19… おの ちゅうこう(1908年〈明治41年〉2月2日 - 1990年〈平成2年〉6月25日)は、日本の児童文学作家、詩人。 群馬県利根郡白沢村(現・沼田市)出身。本名・小野 忠孝(おの ただよし)。 旧制沼田中学校(現・群馬県立沼田高等学校)から群馬師範学校(現・群馬大学教育学部)に進み卒業。5ヶ月間高崎連隊へ入営。 はじめは『少年倶楽部』などへ作文や詩を投稿していた。小学校教員として勤務するも辞職して文筆の道へ身を投じた。草野心平とは友人として交流を持った。河井酔茗に師事。 日本児童文芸家協会顧問、日本ペンクラブ会員、日本文芸家協会員、日本詩人クラブ会員。100冊を超える著作を残した。酒を愛したことから酒にまつわるエピソードも多い。
林 柳波(はやし りゅうは、1892年〈明治25年〉3月18… 林 柳波(はやし りゅうは、1892年〈明治25年〉3月18日 - 1974年〈昭和49年〉3月27日)は、日本の童謡作詞家、詩人、薬剤師。本名は林 照寿(はやし てるひさ、旧字体: 林 照壽)。沼田市名誉市民。兄は陸軍獣医少将の林里二。作詞は1千編を超え、レコードに吹き込まれたものは500余りあるとされる。 1892年(明治25年)、群馬県利根郡沼田町材木町(現・沼田市)の農家・林菊三郎の三男として生まれた。父菊三郎は帰農はしていたものの階級は士族であったという。早くから雑誌へ童謡詩の投稿を行う文学少年だった。1905年(明治38年)沼田小学校高等科を卒業。県立前橋中学校利根分校(現・群馬県立沼田高等学校)に学ぶが中退し、兄・里二を頼って上京。