スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
豆田 泰志(まめだ たいし、2003年1月15日 - )は、… 豆田 泰志(まめだ たいし、2003年1月15日 - )は、埼玉県越谷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 越谷市立大袋北小学校1年生のときに袋山ビクトリーで野球を始め、越谷市立千間台中学校では軟式野球部に所属。中学3年時には埼玉スーパースターズに選ばれた。本格的に投手を始めたのは中学3年時でありながら、最速は138km/hを計測しており、強豪校からの誘いもあったが、4つ上の兄が浦和実業高校の元エースであり、「兄がいたこともありますが、強豪校を倒して甲子園に行きたい気持ちもありました。当時、浦和実はベスト8くらいの実力があり、『簡単には甲子園には行けないけど、チャンスはある』といったチームでした」と浦和実業へ進学した。
平野 将光(ひらの まさみつ、1983年6月28日 - )は… 平野 将光(ひらの まさみつ、1983年6月28日 - )は、埼玉県川口市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 中学校時代は軟式野球部に所属し埼玉県大会で優勝。浦和実業高校では2年秋に県大会決勝で浦和学院の大竹寛と投げ合って延長10回の末に惜敗、関東大会は初戦を完投勝利してベスト8。平成国際大学へ進みリーグ通算5勝、2006年に社会人野球のJR東日本東北に入社。ここで素質が開花し、攝津正と2枚看板として活躍した。第78回都市対抗野球大会に補強選手で出場。大学の先輩と後輩にはチームメイトとなる山崎敏と牧田和久がいた。 2007年の大学・社会人ドラフトで埼玉西武ライオンズから1巡目で指名を受けて入団。
小原沢 重頼(こはらざわ しげより、1969年8月9日 - … 小原沢 重頼(こはらざわ しげより、1969年8月9日 - )は、埼玉県三郷市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学2年の時に野球を始め、中学3年の時に投手となる。 浦和実業高から、首都大学野球連盟に加盟する城西大学に進学。1年春から登板し、2年の時にリリーフから先発に転向する。大学時代は、伸びのある速球と縦に大きく割れるカーブを武器に1部通算43登板20勝8敗、通算防御率1.80の成績を残した。3年次の秋には5勝1敗、防御率0.68の成績をマークし最優秀投手賞とベストナインを獲得している。4年夏には全日本メンバーにも選ばれた。 1991年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受け入団。
角田 満(つのだ みつる、1966年10月11日 - )は、… 角田 満(つのだ みつる、1966年10月11日 - )は、埼玉県さいたま市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 浦和実業学園高から国士舘大学へ進学するが、野球部の公式戦出場停止などもあり中退し、日本ハムファイターズの球団職員となる。 1986年オフ、ドラフト外で日本ハムファイターズの選手となり、1991年に引退した。 引退後の2016年5月、2014年から2015年にかけて足利ホールディングスの株を巡る架空の投資話で兵庫や岡山などに住む高齢者6人から現金計6898万円を詐取したとして、他3人とともに大阪府警と兵庫県警に詐欺などの疑いで逮捕され、2017年4月27日に詐欺と詐欺未遂の罪で、大阪地裁より懲役4年6月の実刑判決を受ける。