スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
遠藤 一星(えんどう いっせい、1989年3月23日 - )… 遠藤 一星(えんどう いっせい、1989年3月23日 - )は、東京都新宿区出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。 新宿区立大久保小学校1年の時に野球を始め、新宿区立新宿中学校時代は川崎中央リトルシニアに所属。 駒場学園高等学校では東東京大会ベスト4が最高で甲子園出場経験はなし。3年次の2006年にはプロ志望届を提出したがプロからの指名はなかった。 進学した中央大学では1部通算64試合に出場し、199打数42安打、打率.211、1本塁打、23打点、13盗塁の成績を残した。大学の同期に澤村拓一がいる。 大学卒業後は東京ガスに入社し野球部に入部。2014年は都市対抗野球でベスト8。9月、仁川アジア大会の野球日本代表に選ばれ出場。
那須野 巧(なすの たくみ、1982年10月4日 - )は、… 那須野 巧(なすの たくみ、1982年10月4日 - )は、東京都豊島区出身の元プロ野球選手(投手)。 子供のころは少年野球チームの千早タイガースに所属。野球チームと並行して、中学ではサッカー部に所属し、試合が重なったときはサッカーを優先していた。ただし、サッカーより野球の方が実力が突出していたと自覚し、職業として考えても野球の方が現実的と考え、駒場学園高では野球部に所属。しかし、スポーツ推薦ではなかったため、迷った末の入部であった。一般クラスだったこともあり、1年生の間はボールにも触れない期間が続いた。そんな時期を経て、中学時代は外野か一塁を守っていたが、地肩の強さから投手の練習を始めるようになる。
伊藤 秀範(いとう ひでのり、1982年8月22日 - )は… 伊藤 秀範(いとう ひでのり、1982年8月22日 - )は、神奈川県横浜市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)・コーチ。 横浜市立市ヶ尾中学校卒業後、駒場学園高校に入学。那須野巧とは高校の同期で当時エースナンバーは伊藤が背負っていたが、プロ入りは那須野が先となった(伊藤は那須野のことを「身近な目標」と語っている)。卒業後は本田技研工業に入社して狭山野球部に所属。同期に尾形佳紀(現・広島スカウト)がいる。 狭山野球部では選手層が厚く登板機会に恵まれなかったことから、四国アイランドリーグのトライアウトを受験し合格、2005年に香川オリーブガイナーズに入団。1年目のシーズンからエースとして12勝を挙げ、最多勝利のタイトルを獲得。